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今回はittaライターの旅のしおりから、写真を見ているだけでロマンを掻き立てられる「世界の遺跡」をご紹介します。

悠久の時を経て残された遺跡の写真を眺めて、当時の人々の暮らしに思いを馳せてみませんか? 気になる場所があれば写真下のリンクから、実際にその地を訪れたライターの旅のしおりをご覧ください!




アテナイのアクロポリス(ギリシャ)

写真:「【ギリシャ】ギリシャ遺跡をお腹いっぱい観てみよう!」(ライター:BLUE)より

ギリシャ・アテネにある「アテナイのアクロポリス」は、紀元前8世紀に誕生した都市国家アテナイで、信仰の中心となっていた丘。オリンポスの神々を祀った神域であると同時に、要塞としての役割も果たしていました。

現在も残る主な遺跡が建設されたのは紀元前450年頃。ペルシア戦争の戦勝を記念して守護女神アテナに捧げられた「パルテノン神殿」のほか、6体の女神像が屋根を支えるイオニア式の神殿の代表的遺跡「エレクティオン神殿」、ギリシャ最古の劇場「ディオニソス劇場」など、その完成後何世紀にもわたって芸術と文化に影響を与えてきた古代建築を目にすることができます。





パフォスの古代遺跡群(キプロス)

写真:「キプロス島へ行ってみたら、そこはネコの楽園だった! 10の見どころをご紹介」(ライター:BLUE)より

美と豊穣の女神アフロディーテが誕生したという伝説が残る、キプロス島南西海岸の都市パフォスは、古代ギリシャ・ローマ時代にキプロスの首都として栄えた地。紀元前3~4世紀ごろのネクロポリス(共同墓地)や、修繕・増築を繰り返し16世紀に再建されたものが残っている「パフォス城」など、数多くの遺跡が世界遺産に登録されています。

写真:「キプロス島へ行ってみたら、そこはネコの楽園だった! 10の見どころをご紹介」(ライター:BLUE)より

なかでも見どころは、2世紀〜4世紀ごろの貴族の邸宅跡に残る美しいモザイク画。4世紀の地震で損壊したと考えられている「ディオニソスの館」や、100以上の部屋があったとされる大豪邸「テセウスの館」には、ギリシャ神話や当時の生活を描いたモザイク画がすばらしい保存状態で残されており、神話の世界やローマ時代の暮らしを想像して楽しむことができます。





カルタゴ遺跡(チュニジア)

写真:「もう治安は悪くない! 意外と見どころ満載、チュニジアの安全な観光スポット10選」(ライター:SHO-KUN)より

チュニジアの首都・チュニス近郊にある「カルタゴ遺跡」は、ビュルサの丘とよばれる広場を中心に広がる遺跡群。紀元前9世紀にフェニキア人が植民都市を建設して以降、地中海の交易で繁栄した地ですが、ローマ帝国との3度にわたるポエニ戦争の末に敗れ、街は一度、徹底的に破壊されました。

そのため、2階建てで100もの部屋がある巨大な公衆浴場「アントニヌス浴場」や、当時のモザイク画が残るローマ人の住居跡、大型劇場、円形競技場といった遺跡のほとんどは、ローマの植民市として再建されてからできたもの。いっぽうで、多数の赤子の生贄が捧げられていたという伝承のあるタニト神の聖域「トフェ」などは、数少ない古代カルタゴの遺跡の一つであり、激動の歴史と両時代それぞれの空気を感じることができます。





ヌビア遺跡群(エジプト)

写真:「【エジプト】世界遺産条約発足のきっかけとなった遺産、圧巻のアブ・シンベル大神殿!」(ライター:BLUE)より

エジプト南部、ナイル川流域にある「ヌビア遺跡群」で見ることができるのは、古代エジプト王朝時代・紀元前16〜紀元前1世紀にかけて造られたとされる建築物の数々。
1960年代に、アスワンハイダムの建設計画が持ち上がったことで水没の危機に瀕していたヌビア遺跡群を救ったキャンペーンが、世界遺産条約発足のきっかけになったことでも知られています。

写真:「【エジプト】世界遺産条約発足のきっかけとなった遺産、圧巻のアブ・シンベル大神殿!」(ライター:BLUE)より

とりわけ有名なのは、数々の神殿を築き “建築王” の名を馳せたラムセス2世が残した「アブ・シンベル大神殿」。古代エジプト神殿建築の最高傑作といわれるこの建物には、ラムセス2世を象った巨大な像の数々だけでなく、神々の石像や躍動感溢れる戦いの様子を描いた壁画なども残されています。





ペトラ(ヨルダン)

写真:「【ヨルダン】 どこまでも続く赤い大地、ペトラ遺跡を攻略する6つの大冒険!」(ライター:BLUE)より

今から2000年以上前、死海とアカバ湾の間にある渓谷に定住したナバテア人が、切り立つ岩壁を削って建立した古代都市「ペトラ」は、インディージョーンズのロケ地にもなった遺跡。両側に高さ80mの絶壁がそびえ立つ、狭くて長い通路「シーク」を冒険気分で進んでいくと、突如目の前に、精巧で美しい宝物殿「エルカズネ」が現れます。

写真:「【ヨルダン】 どこまでも続く赤い大地、ペトラ遺跡を攻略する6つの大冒険!」(ライター:BLUE)より

砂地に広がるこの遺跡群の中には、3000人を収容できる巨大なローマ劇場や、モザイク画が残るビザンティン教会、複雑な彫刻で飾られた墓など、見どころがたくさん。岩を削って造られた800段の階段を登り、遺跡の最奥地までたどり着けば、桁違いの存在感を放つ修道院「エドディル」の、荘厳な姿を目にすることもできます。





シーギリヤ(スリランカ)

写真:「【スリランカ】栄華と悲劇が交差するシーギリヤ遺跡」(ライター:BLUE)より

高さ約200mの巨大な一枚岩の上に王宮が築かれていることから“天空の要塞都市”ともいわれる「シーギリヤ遺跡」。5世紀後半、権力争いの末に実父を殺害したカッサパ王が遷都したこの都市は、弟モッガラーナに攻め込まれて王が自害したため、わずか11年でその栄華に幕を閉じました。

写真:「【スリランカ】栄華と悲劇が交差するシーギリヤ遺跡」(ライター:BLUE)より

岩肌に描かれた色鮮やかな壁画や、階段の入り口を囲む大きなライオンの前足など、王宮への道中には、未だ謎に包まれているスポットも。1時間ほどかけて登る岩山の頂上には、階段や沐浴場、巨大な宮殿の痕跡が残されており、眼下に広がる緑のジャングルを見渡しながら、その儚い歴史に思いを馳せることができます。





バガン遺跡(ミャンマー)

写真:「東南アジア最後の秘境!?ミャンマー・バガンで見る朝日と気球は絶景!」(ライター:nico)より

今もなおミャンマー全土から多くの人が参拝に訪れる、生きた聖地「バガン遺跡」は、世界三大仏教遺跡のひとつ。11世紀~13世紀に栄えたミャンマー最初の王朝「バガン王朝」では、僧侶が初代アノーヤター王に上座部仏教を布教したことが始まりとなり、5000基以上ものパゴダ(仏塔)や寺院が建立されたと伝えられています。

写真:「ビザ免除で今注目の国!『ミャンマー』の主要観光スポットと美しい空」(ライター:BLUE)より

現在もイラワジ川中流に広がる約40kmもの平野には、バガンで最大かつ最も美しい寺院と評される「アーナンダ寺院」や、5層のテラスからなる「シュエサンドー・パゴダ」など、3000あまりのパゴダや寺院が林立。ヒンドゥー教の影響が見られる建物や、当時の人々の様子がうかがえる壁画なども残されています。





アンコール遺跡群(カンボジア)

写真:「意外な穴場!女1人旅にカンボジアがおすすめな理由」(ライター:片桐優妃)より

同じく世界三大仏教遺跡のひとつ、カンボジア・シェムリアップの「アンコール遺跡群」は、9~15世紀に栄えたクメール王国の建造物群。約30年の歳月をかけて建造され、クメール建築の最高傑作と称される巨大な寺院「アンコールワット」など、700を超える石造寺院や都城が残されています。

写真:「天女の舞!カンボジア『ソフィテルアンコール』でアプサラダンス鑑賞」(ライター:ton)より

王朝最盛期の12~13世紀にかけて構築され、王宮寺院など80を超える遺跡を有する都市跡「アンコールトム」や、推定樹齢300~400年の巨木に侵食されている寺院「タ・プローム」など、冒険心をくすぐる見どころが満載。仏像や彫像のほか、神々や天女、庶民の生活を描いたレリーフなど、緻密に彫り上げられた美しい作品も目にすることができます。





ボロブドゥール遺跡(インドネシア)

写真:「遺跡の街の 優美な歴史的ホテル『ザ フェニックスホテル ジョグジャカルタ』」(ライター:ton)より

もうひとつの世界三大仏教遺跡は、インドネシアのジャワ島中央部、3000m級の火山に囲まれた盆地にそびえる巨大な寺院「ボロブドゥール遺跡」。シャイレーンドラ朝時代の8世紀後半〜9世紀前半にかけて建立され、1814年に発見されるまで密林に埋もれていたといわれている世界最大の大乗仏教遺跡です。

総延長5kmもの回廊を飾るのは、仏陀の生涯や大乗仏教の説話を1460面にわたって描いた、精緻なレリーフ。9層のピラミッド構造になっているこの寺院は、それ自体が仏教における宇宙観を象徴する巨大な曼荼羅であると考えられており、上に昇るにつれて悟りが開けるともいわれています。





マチュピチュ(ペルー)

写真:「【ペルー】神秘の絶景! 天空都市『マチュピチュ』に登ってみた」(ライター:YURI)より

「マチュピチュ」は、15~16世紀に繁栄した南米最大の大帝国・インカが残した神秘の遺跡。標高約2450mの頂にそびえたち、山裾からは存在が確認できないことから “空中都市” とも称されています。

写真:「【ペルー】神秘の絶景! 天空都市『マチュピチュ』に登ってみた」(ライター:YURI)より

遺跡の中には、斜面に連なる段々畑のほか、神殿や広場、住居跡といった建造物が、精巧な石積み技術によってしっかりと姿形を残しており、圧巻の光景。インカの人々はこの都市から去ったのち、さらに奥地へと移り住んだといわれていますが、いつ、どのような目的でこの都市が建築されたのか、そもそも材料となる巨石をどのように運んだのかなど、未だ多くの謎が残されています。




以上、ittaライターの旅のしおりから、世界の遺跡をご紹介しました!
好奇心をくすぐられたら、ぜひご自身でも遺跡にまつわる歴史や逸話を調べてみてください。

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