日本国内の「世界遺産」をおさらいしよう!

富士山 −信仰の対象と芸術の源泉−(静岡・山梨)

写真:「【静岡】富士山を望む絶景スポット! 神の道を通って世界遺産『三保松原』へ」(ライター:itta編集部)より

・登録区分:文化遺産
・登録年:2013年

日本を象徴する名山として、世界的に著名な「富士山」。古くから山岳信仰の対象として崇拝されてきたこと、海外にも影響を与えた、葛飾北斎や歌川広重などによる「浮世絵」文化の源泉となったことなどが評価され、「北口本宮冨士浅間神社」や「三保の松原」「白糸の滝」といった25の構成資産とともに「富士山 −信仰の対象と芸術の源泉−」として世界遺産に登録されています。




法隆寺地域の仏教建造物(奈良)

写真:「お金はないけれど時間があったから、1週間5万円で東京から西日本を周遊してみた!」(ライター:かずのこ)より

・登録区分:文化遺産
・登録年:1993年

「法隆寺地域の仏教建造物」を構成するのは、優れた仏教美術品を多数所蔵する、世界最古の木造建築「法隆寺」と、日本最古の三重塔を有する「法起寺」の2つの資産。仏教伝来直後に建立されたこれらの寺院は、日本の宗教建築に大きな影響を及ぼしたこと、中国や東アジアとの文化的交流から独自の様式を確立した変遷が窺えることなどが高く評価され、世界遺産に登録されています。




姫路城(兵庫)

写真:「お金はないけれど時間があったから、1週間5万円で東京から西日本を周遊してみた!」(ライター:かずのこ)より

・登録区分:文化遺産
・登録年:1993年

白漆喰で塗られた外壁が、まるで羽を広げて舞う白鷺のように美しいことから、別名「白鷺城」とも呼ばれている「姫路城」。その美的完成度の高さと、日本独自の城郭建築が良好な状態で保存されていることなどから、世界遺産に登録されています。5層7階の大天守と、渡櫓(わたりやぐら)で結ばれた3基の小天守からなる、日本で唯一の「連立式天守」は、圧巻の存在感!




古都京都の文化財(京都・滋賀)

写真:「桜が映える京都!写真紀行『清水寺』編」(ライター:Bremen)より

・登録区分:文化遺産
・登録年:1994年

平安時代から江戸時代まで、1,000年以上にわたって政治や文化の中心地として栄えてきた古都・京都。この地には、日本の建築や造園に大きな影響を与えた、貴重な文化財が数多く残されています。1994年には、京都府京都市の「二条城」や「下鴨神社」、宇治市の「平等院」、滋賀県大津市の「延暦寺」など、17の資産が「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されました。




古都奈良の文化財(奈良)

・登録区分:文化遺産
・登録年:1998年

唐の長安をモデルにした平城京が建設され、国際色豊かな天平文化の中心地となった古都・奈良。世界最大級の木造建築物である大仏殿を有する「東大寺」、平城京守護のため創建された「春日大社」など、8つの構成資産からなる「古都奈良の文化財」は、中国大陸や朝鮮半島との文化的交流が窺えることなどから世界遺産に登録されています。




紀伊山地の霊場と参詣道(奈良・和歌山)

写真:「【和歌山】世界遺産『熊野古道』を歩こう! 初心者にもおすすめのコース」(ライター:itta編集部)より

・登録区分:文化遺産
・登録年:2004年

紀伊山地は古代から、神道や仏教、修験道など、多様な信仰を育んできた地。和歌山県、奈良県、三重県にまたがる、起源や内容の異なる3つの霊場「吉野・大峯」「熊野三山」「高野山」と、それらを結ぶ「参詣道」は、「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されています。巡礼の道として世界遺産に登録されたのは、スペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」に次いで2番目です。




百舌鳥・古市古墳群 −古代日本の墳墓群−(大阪)

写真:「【大阪】世界遺産登録で話題の『百舌鳥古墳群』を巡る1DAYプラン」(ライター:BLUE)より

・登録区分:文化遺産
・登録年:2019年

4世紀後半から6世紀前半に200基を超える古墳が築造された、大阪の「百舌鳥・古市古墳群」。日本一美しい前方後円墳といわれている「ニサンザイ古墳」、クフ王ピラミッド、秦始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓のひとつとされている「仁徳天皇陵古墳」など、多様な規模の古墳が密集しています。この地で見られる、前方後円墳、帆立貝形墳、円墳、方墳の4つの型式は、全国各地の古墳の規範となりました。




原爆ドーム(広島)

写真:「お金はないけれど時間があったから、1週間5万円で東京から西日本を周遊してみた!」(ライター:かずのこ)より

・登録区分:文化遺産
・登録年:1996年

原爆ドームはもともと、大正4年に「広島県物産陳列館」という名称で建てられた、物産品の展示・販売をする施設でした。昭和20年8月6日、広島に原子爆弾が投下されたことで被爆し、館内にいた人はすべて即死しています。戦後、焼け残った煉瓦や鉄骨は、市民から「原爆ドーム」と呼ばれるようになり、核兵器の廃絶と世界の恒久平和を訴えかけるために、「負の世界遺産」に登録されました。