search

close

“千年の都”と呼ばれる京都。清水寺や金閣寺など世界遺産が多く、日本有数の観光地です。歴史が古いだけに、日本全国の中でも、不思議な言い伝えやミステリースポットとして語り継がれている神社や寺院がたくさん。京都の闇の世界をめぐる観光旅行もおすすめです。

そこで、「幽霊が出る」と噂されるトンネルなど、京都で有名な心霊スポットやミステリースポットの名所をご紹介。観光ランキングでも人気の高い、「清水寺」「伏見稲荷大社」といった観光名所から、ディープな穴場まで。京都・心霊&不思議スポットのモデルコースをご案内します。




深泥池(みどろがいけ、みぞろがいけ)

京都で最強の心霊スポットが「深泥池(みどろがいけ、みぞろがいけ)」。女性を乗せたのに、いつのまにか消えてしまったという、タクシー怪談の発祥地として知られています。

深泥池は、氷河期からの動植物群が生息し、京都最古の自然が残る池とされるミステリースポット。昼間は普通の池ですが、夜は暗く、不気味なスポット。鬼の出入り口があるという伝承も、うなずける話。下鴨神社から上賀茂神社に行く途中にあるので、巡ってみるのもおすすめ。




伏見稲荷大社の「谺(こだま)ヶ池」

“千本鳥居”が見どころの「伏見稲荷大社」。有名な観光名所にも、ミステリースポットがあります。稲荷山のお山めぐりの途中に、「熊鷹社(くまたかしゃ)」と呼ばれる強力なパワースポットがあり、社の後ろにある「谺ヶ池」(新池)には、不思議な言い伝えが。


こちらが、「谺ヶ池」。池に向かって手を打ち、こだまが返ってきた方向に、家出人や失踪者など、行方不明になった人の手がかりがつかめるそう。霊感の強い方であれば、森の霊気が感じられるという穴場スポット。ここは強烈。深い意識の絡まりが感じられます。




清水寺

“清水の舞台”で知られる清水寺。京都で有名な観光名所ですが、怖い言い伝えがあります。かつて、清水寺の周辺は、「鳥辺野(とりべの)」と呼ばれ、平安京の三大風葬地の一つ。遺体を野ざらしにした場所で、腐敗臭がひどく、かなりの悪臭を放っていたそうです。


「清水の舞台から飛び降りる」は、有名なことわざですが、江戸時代には実際に飛び降りた人が多く、飛び降りて命が助かったら願いが叶い、もし死んでしまっても成仏できると信じられました。飛び降りは、明治初期まで続いていたそう。意外にも生存率は高かったらしいですが、良い子も悪い子も飛び降りないように。




六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)

清水寺への参道にある「六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)」。葬送の地、鳥辺野の入り口にある寺院です。山門には、“あの世”と“この世”の境界を示す「六道の辻」の石碑が見えます。


六道とは、「天道」「人(間)道」「修羅道」「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」。人は死ぬと、閻魔さまに裁かれ、この6つの冥界で輪廻転生するとされています。平安時代の官僚で、歌人の小野篁(おのの・たかむら)が、冥土へ通うときに使った井戸が、今も寺院内に残されています。

そこで思い出すのは、時代劇ドラマ『子連れ狼』のセリフ。「われら親子、冥府魔道(めいふまどう)に生きる者なれば、六道四生順逆の境は覚悟の上でござる!」というのがあります。六道では「天道」が一番良く、この順番が逆順するわけですから、「地獄に落ちるのも人でなくなるもの覚悟の上だ」という意味。私は一匹オオカミなので、たいへん共感します。




みなとや 幽霊子育飴本舗

六道の辻にある飴屋さん、「みなとや幽霊子育飴本舗」。創業は1599年と古く、女性の幽霊が夜な夜な飴を買いに来たという言い伝えが残っています。

不審に思った店の主人が女の後を追いかけると、墓場には赤ん坊を抱いたまま死んだ女性の姿があり、赤ん坊は飴を食べて命をつないでいました。


この話をモデルに誕生した作品が、水木しげる原作のマンガ『ゲゲゲの鬼太郎』。琥珀色の美しい飴は、女性の幽霊が買いに来た飴と同じもの。


ちなみに、写真の奥さまは20代目。「幽霊というと、怖いという方もいらっしゃいますが、母親の愛が感じられる物語です」とお話しされます。




三条大橋付近

平安時代から江戸時代にかけ、三条~七条河原では、多くの人々が処刑され、さらし首となりました。平将門、新選組の近藤勇の首がさらされたほか、石田三成や石川五右衛門も処刑されました。

平将門の首は目をカッと見開き、カラカラと笑った後、光りながら胴体を求め、故郷の東国へ飛び去ったと伝えられています。




三条大橋の刀傷

三条大橋は、木製の欄干(らんかん)が残り、西側から二つ目の擬宝珠(ぎぼし)には、新選組の「池田屋事件」の乱闘で刻まれた刀傷という都市伝説が。幕末ファンは要チェック。




池田屋事件跡

池田屋事件があった場所は、三条大橋のすぐ近く。跡地には、居酒屋(池田屋 はなの舞)」があり、メニューには「隊士ランチ」「土方歳三ランチ」「沖田総司ランチ」「藤堂平助ランチ」「斎藤一ランチ」「池田屋弁当」も。さらに、『新撰組検定』も行われています。どこまで、遊んでいるのか。




坂本龍馬の終えんの地「近江屋(おうみや)跡」

ついでに、「近江屋跡」もすぐ近く。坂本龍馬と中岡慎太郎が、暗殺された事件の現場です。写真撮影で人気のスポットですが、血だらけの龍馬の心霊写真が写れば大騒ぎになること間違いなし。




瑞泉寺(ずいせんじ)に眠る秀次たちの霊

豊臣秀吉の甥、豊臣秀次(とよとみひでつぐ)のお墓がある場所が「瑞泉寺(ずいせんじ)」。秀次は、秀吉から謀反(むほん)の疑いをかけられ、秀次の妻子や侍女など39人が三条河原で処刑されました。

市中引き回しの後、女性たちは三条河原の処刑場へと連れて行かれる。彼女たちが見たものは、塚の上に据えられた秀次の首だった。

だが、何も知らない幼い子どもたちは、母親に甘えかかる。三条河原に集まった人々は、愛らしい子どもの姿に涙する。


瑞泉寺の境内に展示されている当時の絵画。子供とも最後の別れ。涙で袖を濡らす女性。そばには僧侶の姿が。また、涙をぬぐう武士らしい人物も描かれている。

正午。処刑が始まる。最初に処刑されたのは子供たち。わが子をかばい、抱きしめる母親から執行役のヒゲづらの男が奪い取る。男は、子どもを軽々と持ち上げると、突き殺した。子どもを殺害すると、次は女性たちの番だった。


こちらの絵は、殺されるのを待つ子女たち。

39人の処刑は夕方までかかり、鴨川は血で真っ赤に染まった。見物人たちはあまりもの悲惨さに身をすくめ、「来るんじゃなかった……」と後悔した。


瑞泉寺の境内にある秀次公のお墓。秀次を取り巻くように石像が並んでいる。秀次公らの子女たち。3歳や6歳、9歳。そして、12歳、14歳、15歳、16歳、17歳、18歳、19歳と若い女性たちもいた。悲しみと無念が今も感じられ、しばらくの間、その場を立ち去ることができませんでした。


あなたの知らない
しおりをご紹介!

create このしおりを書いたライター

このライターのしおり